『外科室』は、天才作家・泉鏡花が描く純愛ストーリーです。
ある日、伯爵夫人は入院することになった病院にいた「高峰」という医師に一目ぼれし、彼に執刀を依頼します。しかし、これは伯爵夫人が絶対誰にも言えない秘密でした。だから、伯爵夫人は「うわごとで秘密を話してしまうから」という理由で麻酔を一切使わないで手術してほしいと頼みました。もちろん周りの人々は止めようとしますが伯爵夫人は一切聞きません。高峰医師はその無謀とも言える提案を受け入れ、麻酔なしで執刀することになります。
もちろん、伯爵夫人の体には鋭い痛みが走り、彼女は痛ましい声をあげます。
それでも夫人は我慢しました。
ある意味でグロテスクとも言える状況ですが、描写や台詞が、あまりにも美しいのです。
「痛みますか。」
「いいえ、あなただから、あなただから。」
「でも、あなたは、あなたは、私を知りますまい!」
そうなのです。お互い話すのはこのときがはじめてだったのです。
一目ぼれした人に、その想いを伝えるためだけに、麻酔をせず手術に挑んだ伯爵夫人の想いの強さがわかります。
高峰は執刀を続け、ついに心臓近くを切りました。夫人はそこで命を落としてしまうのですが、最期の表情は満足そうだったのです。
「忘れません」
その声、その呼吸(いき)、その姿。その声、その呼吸(いき)、その姿。
伯爵夫人はうれしげに、いとあどけなき微笑を含めて高峰の手より手をはなし、ばったり、枕に伏しとぞ見えし、唇の色変わりたり。
呼吸を「いき」と読ませ、同じ表現を繰り返すことで余韻がじんわりと広がっていくのがわかりました。
地の文を見るとわかるように、『外科室』は擬古文で描かれています。
最初は、読みにくさを確かに感じたのですが、展開が早く、会話は今の文章で描かれているため読み進めるうちに慣れてきて、泉鏡花の描写の美しさを味わうことができました。